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福岡家庭裁判所 昭和40年(家イ)331号 審判 1965年12月14日

申立人 山本市郎(仮名) 外一名

相手方 山本重男(仮名)

主文

申立人両名と相手方との間に親子関係の存在しないことを確認する。

理由

一、申立人両名は、主文の同旨の審判を求め、事件の実情として調停委員会に対して述べたところは、「申立人両名は昭和二年一〇月三一日婚姻したが、数年間子の出生がなかつた。しかるに、申立人市郎の長兄に当る本籍長崎県○○○郡○○○町○○○一一九番地亡山本清一及びその妻ミツ間に昭和八年八月二五日同所において相手方を出生した。それで申立人両名と山本清一夫婦との間の話し合いで、相手方を申立人両名の長男として届出ることを協議し、その旨の戸籍の届出をなしたので、相手方は申立人両名の長男として戸籍せられるに至つた。従つて、申立人両名と相手方との間には親子関係は存在しないので、本件申立に及ぶ」というにある。

二、本件調停委員会において、昭和四〇年九月八日午前一〇時の調停期日を開始したところ、申立人両名は出頭し、相手方は出頭しなかつた。しかるに、これに先だつ当裁判所の調査嘱託に基づく、神戸家庭裁判所調査官松原緑郎作成の調査報告書の記載によると、相手方が右調査官に陳述したところは、相手方は、昭和八年八月二五日実父山本清一、実母山本ミツ間の嫡出子として長崎県○○○郡○○○町○○○一一九番地において出生したが、相手方の叔父に当る申立人山本市郎、その妻申立人山本ヨシ間に子が無かつたところから、相手方を申立人両名間の長男として戸籍の届出をなしたものである。申立人等において勝手に戸籍の届出をしておきながら、今日に至るまで長年の間真正の身分関係に是正する手続をしないで放置していたのであつて、相手方は精神上多大の苦痛を受けるに至つた。従つて、申立人等において相手方に対し処分の慰謝の方法を講ずべきであるのに、何等誠意ある態度を示さないので、本件調停期日には出頭し難い、というにある。

三、よつて考えるに、本件調停期日において、当事者間に合意の成立がないので、実事審判法第二三条(以下において、同法の規定を引用するときは、単に法第何条と表示する)の審判手続により得ないことが明らかである。

四、そこで、法第二三条の審判手続において、当事者間に合意の成立がない場合に、法第二四条の審判手続へ移行し得るか否かを検討すると、

(一)  法第二三条の審判における合意の性質を考えると、同条の審判は本来身分関係の当事者間の合意によつては処分し得ない身分に関する事項について、手続的に調停の過程を踏ましめ、当事者間に合意が成立した場合に、裁判所が必要な事実調査をなし、調停委員の意見を聴いて、正当と認めるときに合意に相当する審判をなすものであり、かつ、当事者には右審判に対する異議申立権のないことに鑑み、右合意は手続上の合意であつて、一には当事者に対する訴権行使の自由の保障としての意義と、二には、実体関係たる身分関係の形成要件や身分関係の存否についての確認的合意(その実態は観念の表示)であつて、いわば当事者間における身分関係の主観的明白性たる意義とを有するものである。蓋し、裁判所が職権を以て必要な事実調査をなし、調停委員の意見を徴することは、その主たる目的は合意の内容が客観的に真正な身分関係と合致するか否かその正当性の判断をなすためのものであると思料されるからである。しかして、当事者間の合意が、一面、身分関係の主観的明白性の認識手段(証明)と解するときは、その認識手段を定型化して合意のみに制限する必要はなく、仮令合意成立の見込のない場合でも、身分関係につき当事者双方の認識内容の合致していることが証明されれば、その場合にも身分関係の主観的明白性の存在を肯定し得るものといわねばならない。従つて、法第二三条の審判手続において、当事者間に合意の成立がない場合に、仮に法第二四条への移行を肯定しても、同条による審判において身分関係の主観的明白性が保障されるのであれば、この点に関する限り、法第二三条の審判との質的同等性を失うこととはならないし、又訴権行使の自由の保障の点から言つても、法第二四条の審判に対しては当事者の異議申立権の行使により審判を失効せしめるので、訴権行使の自由を阻害するものとはならない。

(二)  次に法第二四条の審判について考えるに(金銭の支払その他財産上の給付については、本件の考察から除外する)、本条の審判は、調停手続において、当事者間に合意の成立しないときに、裁判所が相当と認める場合は、調停委員の意見を聴いて行うもので、同条に例示する離婚、離縁の審判から考察を進めると、離婚、離縁の調停における当事者の合意は手続法上の行為であつて、しかも、協議離婚、協議離縁における合意と同様、実体的身分関係の形成効を目的としてなされる意思表示で、これは恰も、訴訟行為たる裁判上の和解における契約解除の合意等と軌を一にするもので、法第二三条の審判における当事者の合意が、確認的かつ観念の表示である点と異なる。しかるに、法第二四条の審判にあつては、離婚、離縁における実体身分関係の形成効を目的としてなされる合意の成立がない場合でも、裁判所が相当と認めるときは、離婚、離縁の審判が行なわれるもので、それは一般に、当事者間に基本的には離婚、離縁の意思の一致をみながら僅かな意見の相違のために合意の成立に至らない場合といわれている。これは、当事者間に合意の高度の蓋然性の存する場合に外ならない。かように、身分関係の形成効を目的とする意思表示の合致のない場合でも、その高度の蓋然性があれば、法第二四条の審判を肯定しているのであつて、かかる意思表示と異る確認的観念の表示である法第二三条の合意についてその成立がないときでも、当事者間に身分関係の主観的明白性のある場合には、審判による解決を肯定しても、当事者に過ぎたる保護を与えたこととはならないのではあるまいか、合意の性質の比較的考察からは、法第二四条の審判事項から法第二三条の審判の対象たる身分事項を除外すべき合理的理由を発見するに困難であるし、又法第二四条の審判の対象事項を、当事者の合意によつて行い得る形成的身分行為事項に限定すべき必然性もないように思考される。

(三)  法第二三条の審判では、事実調査及び調停委員の意見聴取により、身分関係の主観的明白性に対する客観的正当性が肯定されることが必要であるので、この点を、法第二四条の審判の方法的態様との比較において、審判内容の質的同等性が保たれ得るか否かを検討すると、法第二四条の審判手続においても調停委員の意見聴取は必要的であつて、法第二三条の場合と同様であり、問題なのは、法第二四条にいわゆる、裁判所が「相当と認めるとき」とのかなりの自由裁量の入り得る表現を通じて、身分関係の主観的明白性に対する正当性の判断、及びその基礎となるべき必要な事実の調査が、手続的に保障されるか否かの点である。そこで、法第二四条所定の相当性の判断と、法第二三条の正当性の判断とを比較すると、相当性の判断は、身分関係の形成に対する具体的妥当性を目的とするのに対し、正当性の判断は客観的真正の身分関係との合致を目的とするものであつて、必ずしも判断の基準を一にするものではない。法第二四条によれば、相当性の判断をなすに当つては、「当事者双方のため衡平に考慮し、一切の事情を観察」することが必要とされており、そのため事実の取調を必要とすることも言うまでもない。ここにいう一切の事情とは、裁判上の離婚、離縁に関する民法第七七〇条第二項(民法第八一四条で準用する場合をも)の規定と同趣旨である。離婚、離縁の審判における相当性の判断過程を考察すると、当事者間における合意の高度の蓋然性が確認されれば、形成原因としては正当として判断されるであろう。(これを便宜第一段の判断とする)。次に、これに事実調査に基ずく一切の事情の観察の結果を加えて、相当性につき積極、消極何れかの判断を行う(これを便宜第二段の判断とする)。自由裁量の入るのは、この第二の判断過程である。逆に、形成原因につき正当性が否定されれば、他の一切の事情の観察をまつまでもなく、相当性は当然に否定される。これに比し、法第二三条の正当性の判断は、事実調査に基ずく身分関係の形成原因(取消、無効等)や、事実上の身分関係(事実上の親子関係等)を認定し、これと身分関係の主観的明白性との対比検討により身分関係の客観的正当性の確認的判断を行うもので、その何れの判断過程にも自由裁量の入りこむ余地はない。右にみる如く、双方の判断過程は、判断基準の相違から多少の相違はあるが、論理的構造は極めて近似し、法第二四条の手続構造においても、必要な事実の取調とともに正当性の判断は、必要な限度において十分に行い得るものといわねばならない。ところで、右の相違点は、審判の対象たる身分事項の相違すなわち実体関係の性質上の相違から生ずるもので、手続の構造から生ずるものではない。これは、同種の訴訟手続によりながら、離婚、離縁の訴訟の場合と、婚姻、縁組の無効、取消等の訴訟の場合とにおける判断基準の相違と対比しても明白なところであつて、実体関係の手続面への反映と解されるからである。

これを要するに、法第二四条の手続構造においても、正当性の判断は法第二三条の審判と質的同等性を十分に保ち得るものであり、相当性と正当性の判断の相違は、手続法の解釈上の問題でなく、個々の事件に対する法運用上の問題たるに止まるものというべきであろう。

(四)  しかして、文理的にも、法第二四条の規定が、その審判事項から法第二三条の審判の対象たる身分事項を除外しているものとは解し難い。

五、以上により、当裁判所は、法第二三条の審判手続において、当事者間に合意が成立しない場合に、当事者間において身分関係が明らかであり、かつその原因事実について争のないときは、法第二四条の審判手続に移行して審判を行い得るものと解する。

六、再び本件に立ちかえつて考えるに、前記の如く、申立人両名の事件の実情として申述したところと、相手方が家庭裁判所調査官に対して述べたところとを対比すると、当事者間においては、相互に親子関係の存在しないことの一致した認識を有しており、又その基礎となる事実上の親子関係の存在しないことや、相手方が申立人両名の長男として出生の届出をされてその旨戸籍された事実関係について争のないことが認められる。しかして、いずれも真正に成立した公文書と認め得る筆頭者山本市郎、同山本重男、同山本清一の各戸籍謄本及び真正に成立した私文書と認め得る山本永子作成の手紙の各記載並びに申立人両名の当審判廷における陳述を総合すると、相手方は、昭和八年八月二五日本籍長崎県○○○郡○○○町○○○一一九番地亡山本清一同人妻ミツ間の嫡出子として同所において出生したものであるが、亡山本清一の実弟に当る申立人山本市郎及び同人妻ヨシ夫婦の間に子がなかつたので、相手方を申立人両名の長男として出生の届出をなしたため、その旨戸籍されるに至つた事実を認めることができ、右認定の事実によれば、申立人両名と相手方との間には親子関係の存在しないことが明らかであるので、調停委員の意見を聴いたうえ、その旨の審判をなすのを相当と認め、家事審判法第二四条を適用して、主文のように審判する次第である。

(家事審判官 真庭春夫)

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